株式会社鳶髙橋は昨年に引き続き、東京都が主催するグローバルイノベーションカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2025」に参加しました。このカンファレンスは、私たちが直面する都市課題の解決と、持続可能な新しい価値の創造を目指すものです。アジア最大級のスタートアップカンファレンスとして、国内外のスタートアップ、投資家、大企業、未来を担う学生まで、多様なプレーヤーが一堂に会し、活発な交流や新たなビジネスチャンスが生まれる場となっています。

会場では、未来を形づくるAIの可能性から、私たちが暮らす都市の新たなビジョンまで、多岐にわたる刺激的なセッションが繰り広げられました。各セッションからみえてきたのは、単なる技術革新の紹介にとどまりません。

AIが社会の隅々に浸透するなかで求められる倫理観、人間の能力をいかに拡張できるかという問い。テクノロジーが進化する都市で、真の『ウェルビーイング』をどう実現していくかというテーマ。こうした根源的な問題提起への真摯な探求がおこなわれていました。そのなかでも特に心に残ったセッションについて、感じたことや学んだことを紹介します。

AIの進展に我々はどう向き合うべきか~東京都AI戦略会議メンバースペシャルトーク~

業界第一人者による東京のポテンシャルを感じさせるセッション

AIが日常に溶け込み始めた今、私たちはその進展とどう向き合い、どのような未来図を描くべきか。最初のセッションではその核心に迫るべく、東京都AI戦略会議のキーパーソンたちのお話を伺いました。モデレーターの松尾豊教授(東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 教授)は、本会議では技術論にとどまらず、行政への影響や利活用という実践的な議論を重ねていることを強調。そのオープンな議論の片りんに触れられる貴重な機会となりました。

パネリストの方々は、それぞれの専門性と経験から、AIの光と影を多角的に描き出しました。

・江間有沙氏(東京大学国際高等研究所東京カレッジ 准教授):

社会科学の視座から、AIが医療・教育現場の人手不足を補い、専門家がより本質的な業務に集中できるといった恩恵を提示。同時に、誤情報やバイアス、人権への脅威といったリスクにも警鐘を鳴らし、イノベーションと倫理的配慮の調和がいかに重要かを訴えました。

・岡田淳氏(森・濱田松本法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士):

法務の最前線から、AIがもたらす生産性向上の期待と、知的財産権侵害や雇用の代替といった懸念をてんびんにかけ、バランスの取れたアプローチを提言。バイアスのかかったAIによる自動化された意思決定とそうでないものを適切に分類し、入力(AIの学習データに著作物を利用する際は権利者の許諾を得る)・出力(AIによる生成物が既存の権利を侵害していないか人間が確認する)双方のプロセスで注意深く管理することで、AIの価値を最大限に引き出せるとの明確な見解を示しました。

・村上明子氏(損害保険ジャパン株式会社 執行役員 Chief Data Officer / データドリブン経営推進部長):

AI研究者から実業界へ転身した経験を持つ村上氏は、保険金の支払いプロセスをAIで30%効率化した実例を挙げ、AIの具体的な効果を提示。そして、「安全であること」と「安全だと感じられること」の両立が、技術革新を加速させる鍵だと、示唆に富む言葉で語りました。

ディスカッションの中心にあったのは「行政の役割」です。データセンター整備や人材育成といった基盤強化から、AIスタートアップのグローバル化支援、何より行政自身がAIの先進的ユーザーとなって範を示すことの重要性が語られました。また、AI導入が「目的」ではなく、あくまで「現場の人間を支える手段」であるべきだという点や、デジタル・デバイド(ITを利用できる人とそうでない人の格差)を生み出さないためのきめ細やかな配慮の必要性も、繰り返し強調されました。

松尾教授の「東京都はAIの先進的なユーザーであり、IT部門に対する多額の予算はスタートアップにとって大きなビジネスチャンス」という言葉は、まさに東京のポテンシャルを象徴しているように感じました。そして、「日本をもっともAIフレンドリーな国に、東京をもっともAIフレンドリーな都市に」という力強い宣言。このセッションは、AIという巨大な潮流に対し、私たちが主体的に舵(かじ)取りをしていくためのたしかな指針を与えてくれたように思います。

都市を俯瞰の目で計画する〜今必要となるインフラ改革とWell-Being~

「都市」を有機的な生命体として捉える視点に驚かされたセッション

私たちの暮らしの器である「都市」。部分的な改善の積み重ねだけでは解決できない課題に直面する今、都市構造そのものを根本から見つめ直し、未来のウェルビーイングを高めるには何が必要か。この壮大なテーマに、国内外の先駆者たちが挑みました。モデレーターの重松健氏(inspiring dots inc. Founder, CEO / Laguarda.Low Architects, Principal)は、冒頭でご自身の野心的な構想を明らかにしました。首都高速道路を緑の遊歩道と新たなモビリティ空間に変える「東京G-LINE」、そして日本橋川の水運を現代の公共交通として蘇(よみがえ)らせる「東京B-LINE」。これらのアイデアは、都市に眠る価値を大胆に再定義するもので、聞いているだけで胸が躍りました。

世界と東京、それぞれの都市再生の物語が交差しました。

・Joshua David氏(High Line, Co-Founder):

ニューヨークの廃線高架鉄道を、年間800万人が訪れる天空の公園「ハイライン(High Line)」へと生まれ変わらせた立役者。その成功の秘訣は、地域住民との徹底した対話、官民の強固なパートナーシップ、何よりも既存インフラへの深い敬意と創造的な再解釈にあったと語ります。経済効果や訪問者数の急増といった成功の光と、それに伴うジェントリフィケーション(低所得者層が多く住む地域が再開発などで活性化し、富裕層が移り住むことで、地域全体が高級化・富裕化する現象)や住宅問題といった影。都市の優先順位が時代とともに変化するダイナミズムを実体験として示してくれました。

・Ynse Deinema氏(Roboat, CEO & Co-founder):

アムステルダムの運河を舞台に、自動航行ボート「Roboat」で水上交通の未来を切り開くイノベーター。水上タクシーやゴミ収集といった実用的な応用例は、都市の血管ともいえる水路の新たな可能性を鮮やかに提示。東京の美しい川々をみて「なぜ船がないのか」と素朴な疑問を投げかけた言葉は、私たち自身の固定観念を揺さぶります。そして、新たな技術を社会実装するためには、実験を許容する環境と、多様なプレイヤーとの「共創」が不可欠だと力説しました。

・出口敦氏(東京大学 執行役・副学長、大学院新領域創成科学研究科 教授):

日本からは、千葉県の「柏(かしわ)の葉スマートシティ」や、銀座の旧高速道路(KK線)を2kmにわたる緑の遊歩道へと変える、大胆な都市づくりの例が紹介されました。特に印象的だったのは、「ミドル(middle)」+「ランドスケープ(landscape)」の造語「ミドルスケープ」という考え方です。これは、大きな都市計画と、私たちが普段歩く道や広場のような場所のちょうど中間にある、人の体感に合ったちょうどいいスケールのまちづくりを意味します。また、「LiDAR(ライダー)センサー(レーザーで物の位置や形を正確に測る技術)」などの最新テクノロジーを使って、人の動きや行動を細かく分析し、そのデータをもとに人が心地よく過ごせる空間をつくる取り組みが紹介されました。これらの事例は、「Society 5.0(超スマート社会)」が目指す、デジタル技術と現実のまちづくりを組み合わせて、経済の発展と社会課題の解決を同時に実現する姿を、わかりやすく示してくれていました。

このセッションで一貫していたのは、都市を単なる建造物やインフラの集合体としてではなく、そこに生きる人々の「ウェルビーイング」を育む有機的な生命体として捉える視点でした。Joshua David氏が語った、ニューヨークでの先駆的な試みが示したように、時には大胆な「実験」こそが、都市を新たなステージへと押し上げる原動力となるのかもしれません。東京が秘める無限のポテンシャルと、それを実現するための具体的なヒントに満ちた、刺激的な時間でした。

人間はAIとともに、どのように持続可能な未来を創ることができるのか?

レガシ-企業だからこそ先進技術やプレーヤーの意見を事業に取り入れる

「AIは脅威か、それとも最高のパートナーか」この問いが頻繁に聞かれる現代において、本セッションは「人間とAIの共創」という、より建設的で希望に満ちた視座を提示してくれました。AIプラットフォーマー、気鋭のスタートアップ、そして経験豊かな投資家。それぞれの立場から語られるAIの最新トレンドと社会実装のリアルは、まさに未来への解像度を一段階引き上げてくれるものでした。

モデレーターを務めたのは、日本マイクロソフト株式会社代表の津坂美樹氏。同社が日本において、データセンターへの巨額投資や300万人規模のリスキリング支援、さらには基礎研究拠点の設立やサイバーセキュリティ対策の無償提供といった多岐にわたるコミットメントをおこなっていることを紹介。AI革命をけん引する企業の責任と覚悟が、力強く伝わってきました。

パネリストたちの言葉は、AIがもたらす変革のスケールと、私たちが持つべき視点を浮き彫りにしました。

・小島熙之氏(株式会社Kotoba Technologies Japan 代表取締役社長):

自社開発の日本語音声生成AIやAI同時通訳アプリ「KOTOBAL(コトバル)」を例に、AIがいかに言語の壁を取り払い、人間同士のより深いコミュニケーションを可能にするかを生き生きと描写。同時に、AIへの過度な依存が人間の創造性やスキルを鈍化させる可能性にも触れ、テクノロジーとの健全な距離感とバランス感覚の重要性を訴えました。

・青木俊介氏(Turing株式会社 共同創業者):

生成AIを駆使し「テスラを超える」という野心的な目標を掲げて完全自動運転車の開発に挑む若き起業家。AIとの対話を通じて自己理解を深めたというユニークな原体験や、同社の自動運転車「TD-1」が搭載されたカメラの情報のみで、公道において30分以上の自律走行を目指す具体的なマイルストーンが語られました。また、AIが言語や画像といったデジタル領域を超え、ロボットや自動車といった「物理的な世界」で取るべき行動を生成する未来への期待を語りました。

・キャシー松井氏(MPower Partners Fund L.P. ゼネラル・パートナー):

長年、日本の経済と市場をみつめてきた投資家の視点から、AIが2030年までに世界のGDPを1.5~3%も押し上げるというマクロな経済効果を提示。わずか数名のチームで創業し、短期間で巨大な企業価値を築き上げたMidjourneyのようなAIスタートアップの躍進は、まさに産業構造の地殻変動を予感させます。一方で、AIを使いこなせる層とそうでない層との間に生じる「AI格差」や、AIモデルに潜むバイアスの危険性、そして日本の中小企業におけるAI導入の遅れといった喫緊の課題にも鋭く切り込みました。

ディスカッションでは、AIの進化がどの技術革命よりも速いスピードで進んでいることで、社会システムや教育、国家間の力関係にまで影響を及ぼし始めている現状が共有されました。特に「これからの5年間でAIの社会実装がどう進展するのか」という問いに対しては、より多くの業務が自動化される未来への期待とともに、教育の根本的な見直し、AIを適切に制御するためのガバナンス、「主権AI」とも呼ぶべき、自国でのAI開発能力の確保といった、避けては通れない論点が提示されました。

AI人材の育成についても、日本の高い基礎教育レベルを強みとしつつ、真に卓越した「個の才能」を発掘し、彼らが世界と肩を並べて戦える環境をどうつくるか、という未来への宿題が示されたように感じます。このセッションは、AIという巨大なうねりのなかで私たちがどのような羅針盤を持ち、どのような未来を描いていくべきか、具体的かつ多角的な示唆を与えてくれました。

技術と人間が織りなす未来への示唆


精巧な都市のジオラマ、これから都市を作るのは我々一人ひとりの意識

今回のSusHi Tech Tokyo 2025では、急速に進化するAI技術の社会実装と、私たちが暮らす都市の未来像について、多様な視点から活発な議論が交わされました。そこから浮かび上がってきたのは、テクノロジーがいかに進歩しようとも、その中心には常に「人間」がいて、その生活を持続可能でよりよいものにするという普遍的な目標です。

AIに関しては、その驚異的な可能性と同時に、倫理観を持った利用、潜在的リスクへの適切な対応、何よりも教育を通じて一人ひとりがAIリテラシーを高めることの重要性が繰り返し強調されました。


日本文化を紹介する、茶道体験プログラム

都市開発の議論では、既存のインフラや空間に新たな価値を見出し、テクノロジーを効果的に活用しながらも、そこに住む人々のウェルビーイングとコミュニティとの共創を最優先する未来志向のアプローチが示されました。

AIもスマートシティも私たちの未来をより豊かに、より持続可能なものにするための強力な「ツール」です。大切なのは、これらのツールをいかに人間社会の発展と幸福に結びつけていくかという知恵と意志なのだと、あらためて感じさせられました。先日のDAOマルシェでの鳶髙橋代表、髙橋のコメントにあった「味わい深い人」という存在が重要になってくるのではないかと感じました。AIという強力な「ツール」を「味わい深い人」(※)が使いこなすことでよりよい未来の実現につながるのではないでしょうか。

※参考動画: 【CROSS-東京文創- vol.4-2】女性活躍によって実現する新たな地平-talk session-

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