2024年4月より株式会社鳶髙橋にコミュニケーションデザイナーとして参画した井口啓太と申します。「1度きりの人生、もっといろいろな景色をみてみたい」という想いで独立し、伝統を大切にしつつ革新的なことに挑戦している株式会社鳶髙橋に出会いました。チームメンバーとなってからは「バイアスは大敵、不協和音となってもいいから自分なりの音を奏でてみよう」という代表の髙橋(以下:髙橋)の言葉を胸に、日々取り組んでいます。

没頭する時間を求めて梅収穫ワーケーション参加

鳶髙橋にはブランドコンセプト「東京文創」があります。「東京文創」は2027年に100年企業となる、江戸町火消にルーツを持つ鳶髙橋のブランドコンセプトです。先代に渡って守り、つくってきたまち、その文化を重んじながら新たな価値創造に取り組む姿勢を指します。人々が同じ方向を向いて取り組んだときに生まれる「コト」を大切にしている、鳶髙橋らしいコンセプトだと感じています。

同じ方向を向いて「コト」に取り組む際、大切なのはなんでしょうか。髙橋は、「働きやすさ」と「働きがい」という表現で教えてくれました。「働きやすさは企業として、話しやすかったり、家族との時間も大切にできたりするような環境をつくることで実現できる。一方で働きがいは働く人が没頭する時間から生まれてくる。そういった機会は提供できるけど、それを腹落ちさせるには体感するしかないよね。」ということで梅収穫ワーケーションへの参加が決まりました。

農作業の前日、言葉や食事で心が整う

「梅収穫ワーケーション」とは2022年6月に和歌山県日高郡みなべ町で実施された、今年で3年目を迎えるワーケーションです。日本が誇る梅の産地であるみなべ町に、都市部などで働く人が集まり、梅収穫作業という協働活動を通じてウェルビーイングを高める取り組みです。都市部で働く人が梅の収穫を手伝いに和歌山県まで足を運ぶ現実に、何が起きているのか、どんな体験が待っているのか、気になって仕方がありませんでした。

道中、ワーケーションへの期待を胸に

まるで幼少期の頃に味わったような、楽しみで寝られない夜を過ごしたため寝不足で目覚めました。ワクワクしながら目覚めるのは久しぶりです。

集合場所の駅からは高速を使って6時間以上かかる行程です。実はこんなに長い時間を髙橋と2人で過ごすのは初めてでした。車内では、参加する梅収穫ワーケーションや鳶髙橋のこれから、個人の気持ちなどお話していたのであっという間でした。

特に印象に残っているのは「起きていることが自分の身体に刻まれる、その身体から出る言葉は真に迫る」という言葉でした。ストリート感を持ち革新的なことに挑戦し続けている髙橋だからこそ出てくる言葉だと感じます。これから私がおこなうアウトプットも、ただ調べて聞いて知った風になるのではなく、自らの身体に刻んだうえで発信しようと思いました。それに共感していただいた方々と新たな「コト」に挑戦していけたらと思います。

梅収穫ワーケーションも同じです。人手不足を解消するために始まった活動は、参加者の身体に刻まれた言葉となり、新たな仲間を増やしているのだと思います。コミュニケーションデザイナーとして、人と人とをつなぐ役割を担うための金言をいただいた気がします。

宿からみえる、自然の美しさを感じられる海

宿に到着して目に入ったのは美しい海。道中から感じていましたが、みなべ町には美しい自然があり、そこにいるだけで自然のパワーがもらえるような感覚になります。

地元の方が愛する美味しいお刺身

宿でひとやすみしたら、地元の方ご用達のとても美味しい料理屋さんでお食事会です。観光客として来たら知りえなかったお店を地元の方から教えてもらえるのも、ワーケーションの醍醐味です。ここで食べたお刺身は今思い出すだけでもお腹がすくくらい印象に残っています。人生初のウツボもトロっとして大変美味しかったです。

私は和歌山県に来るのも、ワーケーション参加もすべてが人生初の体験でした。お食事会にはワーケーション参加者と農家の方がいらっしゃり、初参加の私にも気さくに話しかけてくれました。おかげで翌日の収穫がもっと楽しみになりました。「会いたかったよ」「元気にしてた?」から始まり、まるで親戚の集まりのようなアットホームなやりとりがおこなわれました。ワーケーションで生まれた人々とのつながりはあたたかく、自然と笑顔になれるような時間を過ごせました。

作業の過程で実感した、人とのつながりから生まれるモチベーション

梅干しを味わい、朝からパワーチャージ

収穫当日の朝はスッキリと目覚めることができました。朝から海を眺め、温泉に入るというこの上ない贅沢を楽しみ、仕事と旅行の境界線が曖昧になっていく感覚を楽しみました。朝食ではみなべ町の「南高梅」をいただき、爽やかな酸味と肉厚な梅の食感にご飯のおかわりがとまりません。

みなべ町の山からみる、大自然パノラマ

農家さんのお宅に到着すると、ご家族の方が出迎えてくれました。笑顔で迎えてくださったり、足りない道具を快く貸してくださったり、人のあたたかみを感じます。

農場に移動すると、そこにはすばらしい景色が広がっていました。みなべ町の山からみる景色には心が震え、自然と生きたいと強く感じました。

収穫の喜びとともに梅をかごへ移す髙橋

収穫が始まると、斜面で思わず足が滑りそうになりました。日々の運動不足を感じつつ農家の方をみると、ご高齢の方が淡々と作業をしています。私にとっては非日常の体験でも、梅と向き合ってきた方々にとっては日常で、そこに営みを感じました。梅収穫作業は木になっている梅を採っていくのも大変ですし、木から落ちた梅を拾い集めるのも大変です。都市部でなんの気なしに食べていた梅干しも、こうしてコツコツと収穫してきた方がいるから楽しめる。頭ではわかっていましたが、実際にその苦労を体感すると有難さを実感します。

持ち上げるだけでも漂う梅の香りや柔らかな手触りを楽しむ

苦戦しながらもなんとか収穫作業についていくと、どんどん作業にのめり込み、自分が自然と一体化するような感覚をおぼえました。梅の香りに包まれ、木々のざわめきや鳥の声を聴き、こもれびでひたすらに収穫する。日々の雑念を忘れ、作業に没頭するこの体験こそがウェルビーイングなのだと初めて腹落ちしました。自然と向き合い、自分と向き合う時間はとても貴重で充実した経験となりました。

勢いよく放出される水の勢いに驚く筆者

収穫後は梅を水につけ、梅内部に侵入した虫を除去します。薬品を使わないので果実品質にも影響しません。そうしてきれいになった梅は、選果作業を経てそれぞれサイズごとに分けられます。分けられた梅に塩をかける作業も経験させていただきました。「自分が収穫した梅はどれかな」と考えつつも、身体はクタクタでした。

それでも作業する最中何度も「ありがとう」や「助かるよ」と言葉をいただき、心は満たされていました。充実した時間を過ごすなかで、絶対に来年もまた来たいという気持ちが湧いてきていました。今思えば「人とのつながりから生まれるモチベーション」という言葉の意味をこのとき体感しました。

「梅ワーキッズ!」とイベント運営事務局の想い

楽しく生きる知恵を与えてくれる子ども防災実験教室「梅ワーキッズ!」

充実した時間を過ごした夜はぐっすり眠れるもので、朝の目覚めも爽快でした。最終日を迎え、少し寂しさを感じつつ「梅ワーキッズ!」を見学しました。「梅ワーキッズ!」は梅収穫ワーケーション事務局が運営する、イベント参加者の子どもを預かってくれるキッズスクールです。今回見学するのは、子ども防災実験教室です。防災博士である福和先生の軽快なトークとうちわやストロー、お菓子など身近なものを使用した実験に子どもたちがみるみる引き込まれていくようすがみられました。

福和先生より、防災の知識だけでなくみなべ町の山の特徴も教わりました。梅が植えられている場所より標高の高い頂上付近には、有名ブランド「紀州備長炭」の原料となるウバメガシの森があります。

ウバメガシの森を管理・整備する炭焼き職人が、後継樹を育てながら森林の更新を図る伐採をおこなうことで、急斜面の農地を土砂崩れなどから防いでいるそうです。土地を活かすための知恵がよりよく暮らす営みにつながるのだと感じました。

「梅ワーキッズ!」の終了後、素敵な笑顔をみせるイベント関係者のみなさん

「梅ワーキッズ!」の合間に、運営されている方々からお話をお聞きできました。梅収穫ワーケーションはイベント発起人である、日本ウェルビーイング推進協議会代表理事の島田由香さん(以下、島田さん)が和歌山県で講演したことに端を発したそうです。そこから白浜町でのワーケーションをおこない、みなべ町の梅農家さんが人手不足の課題を持っていると知った6ヵ月後に梅収穫ワーケーションを実現したそうです。

「困っているなら助け合おう、手伝う人も地域で働き没入する体験をしてほしい」という願いが込められたワーケーションです。「地域創生は”やろう”と思ってやるものではなく”協力できるかも”とワクワク感から来る行動により結果的に創生されていくもの」という島田さんのお話は印象的でした。

日頃から聞いている髙橋の話と近いものを感じると同時に、お二人はまさに同じ方向を向いている仲間なんだと感じました。参加者のなかには1年で35日沖縄から和歌山に通っている方もいらっしゃいました。お手伝いがきっかけで生まれたつながりから生まれたモチベーションによるものだそうです。そんな想いを共有する仲間たちが集う現場は、情熱をもって没頭している空気をまとっていました。

没頭する体験から残るもの

没頭する時間を一緒に過ごしたみなさんと:写真左、筆者

人手不足をはじめとする地域課題はありますが、その課題はニュースでみる単なる文字列ではなく経験として残り、自分には何ができるのかを考えるきっかけになります。参加する前に髙橋からいわれていた「フローな状態」は、やはり実際に体験することでしか理解できないものだとわかりました。

幸福度の高い生き方のなかでは自然と生産性が上がると研究でわかってきたそうですが、現場でストリート感をもってきた髙橋の持論と同じ結果になったのはおもしろいと感じます。それはまさに鳶髙橋が始めた「CROSS-東京文創-」のように、学者の方々が通ってきた道とストリート感をもって髙橋が通ってきた道が交わっているように思いました。

梅収穫ワーケーションは、自分の人生にとって本当に貴重な経験となりました。没頭して内省に浸る時間は、日常ではなかなか経験できないものです。梅の香りのなか集中して得られる、自然と一体化するような感覚やそれを共有できる仲間。豊かな自然とあたたかい人々に包まれながら過ごした時間は宝物です。日常に戻っても、どこか和歌山や「梅」というキーワードに心惹かれる自分がいるのに驚きました。情報でしか知らなかったことを、実際に体験することで現実味をもって自分の心に残りました。今回得た気持ちを忘れずに日々「東京文創」の実装に没頭していきたいと思います。

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