株式会社鳶髙橋コミュニケーションデザイナーの井口です。 「また来ます」。 昨年この場所で交わした約束を果たすため、そしてあの心身が“空(から)”になる感覚を再び体験するために、今年も和歌山県日高郡みなべ町の「梅収穫ワーケーション(梅ワー)」へ向かいました。
当日はあいにくの雨模様。しかし、不思議と心は晴れやかでした。雨音に包まれた静かな梅林で、土の匂い、人の温かさに触れる。それは、より深く自分と、仲間と向き合うための恵みの雨となりました。厳しい自然のなかで育まれた、より深い“つながり”のエピソードをお届けします。
「おかえり!」雨中に響く、約束が果たされた笑顔
1年ぶりに訪れたみなべ町。雨のなか、私たちをみつけて駆け寄ってくれたのは、受け入れ農家の嵜山(さきやま)さんの「今年もありがとう!」という弾けるような笑顔でした。昨年いただいた梅でつくった梅酒や梅シロップの話に花が咲き、まるで親戚の家に帰ってきたかのよう。交わした約束が果たされた喜びが、雨の冷たさを忘れさせるほど温かい時間でした。
しかし、今年は例年とは少し違う状況がありました。春先の雹(ひょう)により、収穫前の梅に大きな被害が出たといいます。実際に梅の実を手に取ると、表面の傷が目につきました。 「でもな、これは雹(ひょう)が当たっただけ。味はまったく変わらん、美味しい梅やで」。 そう話す嵜山さんの言葉には、自然の厳しさを受け入れ、それでも前を向く力強さが宿っていました。傷は、いわば自然と闘った証。むしろ、その実に込められた生命力と、それを見守る農家さんの愛情を強く感じ、一つひとつをより丁寧に収穫しようと、自然と手に力がこもります。
雨音が研ぎ澄ます、“空っぽ”になる時間
雨具を伝う雨垂れ。降りしきる雨音だけが、梅林に響き渡ります。晴れの日とは違う、静かな一体感に包まれた空気のなか、私たちは、雨に濡(ぬ)れた枝に実る梅を一つひとつ、丁寧に収穫していきました。
雨に洗われた土や葉の匂いが、あたりに濃く立ち込める。日々の喧騒(けんそう)から離れ、ただひたすら作業に没頭する。五感が研ぎ澄まされ、頭のなかにある雑念が雨音に流されていく感覚こそ、「梅ワー」がもたらすウェルビーイングな時間です。
雨音だけが響く静寂のなか、ふと、休憩中の会話が思い出されました。「梅の木は、思い切って枝を剪定(せんてい)すると、不思議と翌年にはもっといい実がなる」。 その言葉が、雨音とともに深く心に染み渡りました。不要なものを手放し、自分を“空”にすることで、新たな成長や可能性が生まれる。私は「これは人も同じかもしれない」と感じていました。
疑心暗鬼から「楽しみ」へ、育まれる信頼の輪
ある受け入れ農家さんは 「最初は手当もなしに都会の人が手伝いに来てくれるなんて、信じられんかった」。と当時の心境をあかしてくれました。 人手不足という深刻な課題を抱えながらも、見知らぬ人を受け入れることには、やはり戸惑いがあったといいます。
今では、嵜山さんのように「みんなが来てくれるのが楽しみだよ」と、心からの笑顔で語ってくれる農家さんが増えています。労働力の提供と貴重な体験の交換という関係を超え、人と人との確かな絆が、この雨の土壌の上で着実に育っています。
信頼の輪は、未来へもつながっています。畑の一角では、古い木を「抜根(ばっこん)」し、新しい世代の苗木が植えられていました。未来をみすえ、手間を惜しまず土壌からつくりかえる。それは、このワーケーションという活動そのものの姿にも重なってみえました。
私たちにできること。つながりを未来へ紡ぐために
素晴らしい活動を継続していくためには、課題もあります。ひとつは、参加人数の確保です。梅の収穫期は短く、人手はいくらあっても足りません。そして、収穫するだけでなく、その梅が「美味しい」と多くの人に届くまでを支えることも重要です。SNSでの発信など、私たち若い世代ができることは、まだたくさんあるはずです。
日本の食、文化を支える一次産業である、農業の尊さ。雨のなか、泥だらけになって作業をするたびに、その想いは強くなります。それは単なる知識ではなく、汗と雨に濡れ、土に触れた「体験」として私たちの身体に深く刻まれるからです。
鳶髙橋の参加も今年で3年目を迎えました。この継続的な関わりは、一方的な「支援」ではなく、日本の食を支える農家の皆さんと「共に歩み」その想いに触れることで、私たち自身が成長させていただいていると毎年強く実感しています。
収穫した梅を手に、来年はどんな報告をしようか、仲間たちと語り合う。この循環こそが、私たちの原動力であり、鳶髙橋が掲げる「CROSS-東京文創-」の精神にも通じる、人と人との協働から生まれる価値創造そのものだと確信しています。
この尊い活動と、そこから生まれる温かい“つながり”の輪が、来年、再来年へとさらに大きく広がっていくことを心から願い、私たちもその一助となれるよう、できることに没頭していきたいと思います。
梅収穫ワーケーション2025公式リンク
https://www.town.minabe.lg.jp/ume_kanko/01/01/2025-0519-1401-24.html