信州しめ縄飾りプロジェクトは、自然の恵みに感謝し、作り手の精神性を通じて、都会と信州の心を結ぶ伝統文化を継承する活動として発足し、2022年の開始から今年で4年目を迎えます。古くは火の神様や水の神様など、日常お世話になるすべての場所に飾られていたしめ縄飾りは、現代においても「過ぎた一年への感謝とともに、迎える新年が豊かで平穏になることを祈念する」役割を担っています。

100年企業となる株式会社鳶髙橋は鳶にルーツを持ち、先代からお正月飾りの制作販売を新宿で担ってきました。代表の髙橋は、プラスチックを使わないしめ縄飾りの提供を夢見ていたところ、信州の作り手さんの作品と出会い、連携が始まりました。プロジェクトがどのように生まれたのか、信州しめ縄飾りに対する作り手のこだわりとともに紹介します。

一人ひとりのこだわりが形になっていった4年間

萬屋ビルヂング運営 北村さん 写真:左、鳶髙橋代表の髙橋 写真:右

長野県千曲市で「和かふぇよろづや」幸おかみ、「萬屋ビルヂング」の運営をおこなう北村たづるさん。鳶髙橋の髙橋とともに信州しめ縄飾りプロジェクトを推進した人物です。

北村さん「千曲市で実施されたイベントを機に鳶髙橋、代表髙橋さんに出会いました。”和かふぇよろづや”に祀られているしめ縄をみて品質の高さに驚いていました」

和かふぇよろづや前に祀られてる立派なしめ縄を前に、藁細工職人さんと北村さん

鳶髙橋は長年新宿でしめ縄飾りを制作販売し、新宿伊勢丹や花園神社に納めてきました。いつかプラスチックを使わない、天然素材だけで作ったしめ縄飾りを提供したいという夢を北村さんに話したところ、北村さんがお知り合いの藁細工職人さんがいるので一緒に作って東京で販売できるのではないかと提案をしてくれたのです。

信州の風を東京に届けるのであれば、藁にもこだわりたい。「せっかくなら自分たちで作ったお米の藁でしめ縄飾りをつくってみるのはどうだろうか」メンバーの発案から、自分たちで田植えを体験する展開に。その時、快く田んぼを提供してくれたのが森理彰さんです。

「しめ縄飾り用の品種」を有機栽培、手刈り・天日干しにこだわる徹底ぶり

棚田に輝く自慢の畑で藁を拾う森さん

現在は信州しめ縄飾りプロジェクトの中心人物であるお米農家の森理彰さん。

森さん「農業をはじめたての頃から、”森さんのお米はおいしい”と、リピート購入する方が多くて、どんどん農業にのめり込んでいきました」

熱を込めて農業への想いを語る森さん。やればやるほど結果がでる農業に没頭した結果、気が付けば田んぼの面積はスタート当初の10倍に広がったのだとか。

森さん「息子の学校で学級崩壊が起きた際、学校見学の機会がありました。そこで気づいたのが、発達障がいの子や、病気の子も増えている事実でした。原因を考えたときに、遺伝や時代の変化だけでは説明が付かなかったんですね。近年で変わったのは食べ物だと思い、私の田んぼでは農薬、化学肥料一切使わない有機栽培に切り替えました。毎年一作一作を大切に、学びながらやっています」

しめ縄飾りは、米農家である森さんにとって親しみが深く、作り方を伝承したいと前々から自らしめ縄飾りの綯(な)う方法を学んでいました。信州しめ縄飾りプロジェクトを聞き、ぜひ携わりたいと快諾し、森さんの加入によって、田植え、稲刈り、そして丈夫な藁の提供がはじまりました。

「大切に育てた稲・藁が日本文化の継承に貢献できるのは純粋に嬉しいです。しめ縄に適した丈夫で長い藁を作るために、適したお米を植え始めました。丈が長いと秋になると倒れやすいんです。土台をしっかりと、たくさん根をはるように太く育てる工夫をしています。人間の体と同じで基本がしっかりしていたらあとは自然環境に任せてすくすく育つのを見守っていくんです」

しめ縄用の長い稲藁は機械を使わず手刈りをし、天日干しで乾燥させて水分量を見定めて収穫する徹底ぶり。こうして美味しいお米と、丈夫な藁ができあがるのです。

東京では実演販売を通じて多くの通行人の注目を浴びた

森さん「私も東京販売の際に信州から向かいました。海外の方が”ライスはこうやってできるのか”と驚いていた瞬間がとても印象的でした。興味を持ってくれる海外の方はもちろん、しめ縄飾りを手にとってくれた方が年神様をお迎えして1年を平穏無事に暮らせますようにというメッセージ、誰しもが持つ自然への敬愛や神が宿る感性を少しでも感じてもらえたらと思います」

300年の歴史をもつ飯田水引の魅力と込められた意味

しめ縄飾りを華やかに彩り個性を与える、そんな水引制作を手がけているのが井出景子さんです。井出さんは、今は亡き友人から、水引が持つ多様な組み合わせとあたたかみ、魅力を教わり現在は販売やワークショップを展開しています。

雄大な棚田に実る稲に感動する井出さん 写真:左

井出さん「水引制作だけでなく、稲刈りや東京での販売にもご一緒させていただいて、広大で美しい場所で太陽を浴びて健やかに育った藁が作品になり、それを東京で直接お渡しできる一連の流れに感動しました」

300年以上の歴史を持つ日本の伝統的な水引は長野県飯田がシェア70%を誇っています。井出さんは毎年飯田まで買い出しに行き、デザインを考案しています。

井出さん「水引の色やバリエーションは何千種類とあるので、組み合わせは無限大です。毎年定番の華やかな梅結びに加え、干支のデザインを考えます。完成する喜びを感じてもらいたいので私もやってみたいと思ってもらえるようなデザインを心がけています」

井出さんにより丁寧に結ばれた梅の水引

実際に水引を結んでみると、組み合わせのバランス調整が難しく、並びや和紙を通す方向で表情が様変わりします。「水引に触れるときは自分の気持ちが入っているときだけと決めています」と断言する井出さん。「作業」ではなく、気持ちを込めて作品に向き合う心がけが、丁寧な作品の秘訣だそうです。

井出さん「棚田の景色を思い浮かべながら、どういう人の手にわたるのかを想像して作ると気持ちが入ります。水引には魔除け、未開封を示す意味の他にも、人と人を結びつけるなどさまざまな由来をもちます。難しいデザインだと1時間以上かかることもありますが、一つずつ感謝と愛情を込めています」

日本古来の感謝と清めの精神性を子供や世界にも広めたい

プロジェクトメンバーで伝統継承と皆様の幸せを祈願

プロジェクトメンバー全員が口々にする想いが「ほこり高い日本の伝統文化の継承」です。土地から生まれてきた恵を最後まで使い切る。日本人の精神性が詰まった信州しめ縄飾りを丁寧にこしらえる、その背景となる考え方を北村さんに伺いました。

信州しめ縄飾りに興味をもってくれた海外からのお客様

北村さん「日本の伝統文化には、人々の感謝や愛情の気持ちが溢れています。しめ縄を作るプロセスそのものが作り手の気持ちをも美しくさせます。こうして作られた信州しめ縄飾りが持つ「和」の精神が、海外の方にも届きはじめている現状は、日本人の肯定感を上げることにもつがると思っています」

信州しめ縄飾りの未来について、北村さんは「稲作、田植え、稲刈り、しめ縄飾りつくりの全体プロセスを、海外の方々やお子さんにも体験してもらいたい」と意気込みを語ります。

北村さん「長野では昔、学校で田んぼを体験する授業があったのですが、今は田舎に住んでいる子どもでも農業体験をしないんです。主食がどういう流れでできているか、森さんのお話などを聞いたり、実際体を動かして感じてほしいと思います」

信州の豊かな環境や自然の恵みを、都会で活動する人や世界にも伝える活動をしていきたいと意気込むプロジェクトメンバーの皆さん。伝統文化や日本の精神性を宿した信州しめ縄飾りは本質的な豊かさを世界に広めるきっかけになりそうです。

同じ世界観がある仲間だから、携わる全員が幸せになり、感謝と愛情を作品に込められる

田植えに参加する鳶髙橋代表の髙橋慎治、この苗がしめ縄となり届けられる

この信州しめ縄飾りプロジェクトは、「同じ世界観がある仲間だから、携わる全員が幸せになり、感謝と愛情を作品に込められる」という理念を体現する精神の結集そのものです。手間と時間を惜しまず、こだわりを届けたいという高い精神性を持つ作り手たちの想いが深く結集しています。

髙橋「ご高齢で少し耳が聞こえづらいご様子でおられる、藁細工職人さんがしめ縄の持つ力に動かされ、慣れない場所での実演販売という新たな挑戦を果たすなど、この活動はメンバー自身の世界観を広げ、人生を動かす”心結びの物語”となりました。都会には「本物」を求めるニーズが、信州にはそれを育む環境がある。この豊かな循環こそが本質的な豊かさなのではないでしょうか」

皆様の手に渡ったしめ縄が、新たなご縁と感謝の連鎖を生み出し、皆さんの次の年が豊かで、心満たされる一年となるきっかけとなることを心から願っています。

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