欧州、アフリカ、そして新大陸。文明の十字路として、幾層もの歴史を積み重ねてきたスペイン。その南部アンダルシアに位置するセビージャの街には、イスラムの文化とキリスト教の美意識が調和を成す「積層」の美学が息づいています。灼熱の日差しを遮る厚い石壁、プライベートな空間である中庭(パティオ)、数世紀のときを超えて守られる壮麗な街並み。現地滞在スタッフの目線を通じ、日本とは対照的な「壊さない建築文化」と、気候に呼応するように明るく、家族を愛する人々の暮らしを読み解きます。
欧州・アフリカ・新大陸の結節点、スペイン

ジブラルタル海峡を挟んでアフリカ大陸と接し、地中海と大西洋を結ぶ海上交通路(シーレーン)の急所を押さえる要衝であるスペインは、古くから欧州における南の門戸として重要な役割を担ってきました。この地政学的な特性により、古代ローマやギリシャの地中海文明、そして長きにわたるイスラム王朝の支配など、異質な勢力が絶えず流入し、スペインは独自の文化を発展させてきました。
スペインと一言でいっても、地域によって文化や言語まで異なります。大きく分けると、地中海岸・東部のカタルーニャ地方、北部・大西洋岸のバスク、ガリシア地方、中央部のカスティーリャ地方、そして鳶髙橋スタッフが滞在している南部アンダルシア地方と4つのエリアに分類することができます。
スタッフが滞在しているアンダルシア地方の建築は、厳しい乾燥と日差しを凌ぐためのイスラム建築の知恵と、西洋の美意識が融合した独自の進化を遂げています。数世紀にわたるイスラム王朝の統治と、その後のキリスト教徒による再征服が織りなした重層的な都市構造が現在にも色濃く残っています。
セビージャに見る代表的な建築様式

セビージャ建築における最大の特徴は、イスラム勢力の支配後、イスラムが持つ高い建築技術や装飾美をキリスト教建築に取り入れたことです。これを「ムデハル様式」と呼びます。独特の馬蹄形アーチや、レースのように繊細な漆喰細工が壁面を埋め尽くす、非常に細やかな装飾美が目を引きます。セビージャの観光名所のひとつ、アルカサル(王宮)に代表される建築様式で、外観は堅牢な城塞ですが、一歩足を踏み入れると壁面装飾や、幾何学模様のタイル(アズレージョ)が広がっています。

一方、世界最大級の規模を誇るセビージャ大聖堂に足を踏み入れれば、空気は一変します。モスク時代の中庭を抜けた先に広がるのは、天を突くゴシック様式の柱と、新大陸からもたらされた黄金が放つ圧倒的な祭壇です。セビージャ大聖堂は、ゴシック様式の大聖堂としては世界最大、教会建築全体でもサン・ピエトロ大聖堂(バチカン)などに次ぐ世界第3位の規模を誇ります。モスクをあえて「土台」として再利用しながら、その上に巨大な石造建築を積み上げています。

イスラムの塔にルネサンスの鐘楼を継ぎ足したヒラルダの塔に見られるような、新たな価値を生むというスペイン特有の美学が、世界に2つとない重層的な景観を作り出しています。セビージャの街を歩けば、歴史がキャンバスの上に何度も塗り重ねられた風景に出会います。
セビージャの風景を作り出すアンダルシア文化

スペイン、特にアンダルシア地方は年間を通じて日照時間が非常に長く、雨が少なく、夏は40℃を超えることもある欧州屈指の灼熱の地です。多くのスペイン人は日光浴が好きで、自宅の庭やベランダ、テラス席で日光を浴びながら食事をする人々の姿が見られます。
スペインの住宅街を歩いていると、どの家にも個性豊かなベランダがあることに気づきます。現地ではバルコンと呼ばれますが、住民たちはここをお気に入りの植物で飾り、椅子やテーブルを置いて一服したり、通りを眺めたりして過ごします。
道行く人と目が合えば、年齢や立場に関係なくHola(オラ)と自然にあいさつが交わされます。すれ違った見知らぬ人と目があっただけであいさつすることも。近所での付き合いもあり、大声で知り合いを呼び止めて談笑する人も多く見受けられます。
南に位置する暖かい気候に連動するように、セビージャの人々は明るくおおらかな印象があります。バルでは大声で笑い合い、ときには感情むき出しで怒鳴り合いの喧嘩をしていることも。そんな人々の営みがセビージャの景色となり、文化を形づくっています。

パティオと呼ばれる中庭から見上げる空の青さも印象的です。スペインの住宅は石やレンガで造られた厚い壁が特徴ですが、その堅牢な建物の中心には、外部の喧騒から切り離された静かなプライベート空間が広がっています。朝の静寂のなかで聞こえる小鳥のさえずりは、石壁に反響して心地よく響きます。スペインのパティオは生活の延長線上にあり、自然を家の一部として内側に抱き込む設計思想があることを肌で感じます。
アンダルシアに限らず、スペインでは祝日や日曜日になるとスーパーや多くの個人商店がシャッターを閉めます。「日曜は家族と過ごす時間だから働き手も日曜に休暇を取るんだ」このように現地の方がいうように、家族との時間をとても大切にしています。自宅に人を招く機会も多く、レストランさながらの食器類を用意して会話を楽しむこともしばしば。外食は1人で行くことはかなり珍しいほど、誰かとともに食事を共有する文化があります。そんな外交的な一面と、パティオや家の時間を楽しむ内向きなコミュニケーションのバランスが印象的な、国民性がスペインの風景、風情を創り出しているのだと思います。
セビージャに見られる建築様式と日本の違い

地中海沿岸や乾燥した大地が広がるスペインの家づくりは、古くから石材やレンガが主役でした。これらは耐久性が高く、熱を蓄える性質(熱容量)があるからです。厚い石壁は、夏の強烈な日差しを遮り、室内の温度を下げる効果があります。
一方で、冬は外より家のなかが寒いこともあります。床暖房はなく、家のなかでダウンジャケットを着ている人もいるほど、日本のように断熱材がしっかり入っていないので寒く感じます。

スペインは、古い造りの建物の外身をそのまま利用して中身だけ作り変えるリフォーム方法が主流です。街並み保存のために「表側だけを残して」裏を改築するのです。地震が起きづらい地形と厳格な建築法により、土地を所有しても国が重要文化財と認めた建築は改良ができないなど、現状維持の厳格な義務が課せられます。
日本における建築は「スクラップ・アンド・ビルド」が主流です。老朽化した建物や設備を一度解体・撤去し、新しいものを建て直すことで機能の向上や近代化を図る手法を指します。湿潤で森林資源が豊かな日本では木の調湿作用を活用し、高温多湿な夏でも通気性を確保できる構造が一般的です。地震が多い日本では、しなやかに揺れを逃がす木造軸組構法が発展、そのため腐敗が早く、取り壊すことが前提になっています。
湿気対策のため風を通す「開放的」な日本の木造建築に対し、セビージャは厚い石壁とパティオで酷暑を遮る「閉鎖的」な構造が特徴であり、素材の質感を活かす引き算の美学を持つ日本とは対照的に、ムデハル様式に象徴される緻密な装飾で壁面を埋め尽くす足し算の美を追求するとともに、地震のリスクから古い建物を壊して新築する「スクラップ・アンド・ビルド」を繰り返してきた日本に対し、地震が少なく強固な石の躯体を再利用できるセビージャは、外壁を保存し内部のみを改修する手法などで過去の遺構を現代に継承し続ける「積層」の建築文化を持っています。
遠く離れたアンダルシアの地で、パティオから見上げる青空や、石壁に反響する小鳥のさえずりに触れるとき、改めて住まいの形はひとつではないことを教えられました。スペインの重厚な歴史も、日本のしなやかな進化も、どちらも等しく美しい。それぞれの地で育まれた住まいへの知恵を私たちの感性に取り入れながら、私たちはこれからもそれぞれの土地の物語を大切にする住まいづくりを見つめ続けていきたいと思います。