現代のインテリアデザインはもちろん、ライフスタイルに大きな影響を与えたテレンス・コンラン(Terence Conran)。デザイナー、起業家、著述家であり、戦後復興期のイギリスで「ブリティッシュ・ポップアート」を学び、大衆文化にアートを浸透させた立役者です。彼の提案したスタイルは、今もなお私たちの生活のなかで息づいています。「東京文創」を進める株式会社鳶髙橋のチームで、「テレンス・コンラン展」に訪れ、彼の思想や作品から伝わる情熱を受け取ってきました。(開催期間:2024年10月12日~2025年1月5日)

イギリス文化の風を感じる「テレンス・コンラン展」

シンプルかつ機能的で審美的な家具デザインからインスピレーションを受ける髙橋 写真:右

1931年、イギリスのサリー州イーシャーに生まれたテレンス・コンラン。彼はデザインの力を通じて日常生活を豊かにすることを信条とし、インテリアデザイン、建築、ビジネスの世界で数多くの功績を残しています。モダンデザインを一般家庭に普及させた先駆者として知られる彼の影響力は、「ハビタ(Habitat)」や「ザ・コンランショップ(The Conran Shop)」といったブランドの成功を通じて世界中に広がり、ロンドンのデザインミュージアム設立をはじめとする教育・文化活動にもおよんでいます。彼は、作品を生み出す力に加えて、届ける力にも長けていました。商品陳列方法やカタログの斬新な手法は普及し、現在当たり前の風景として私たちの暮らしに馴染む(なじむ)ほど、社会的な影響を与えています。

「テレンス・コンラン展」のポスターには彼のデザインがちりばめられている

コンランの作品は、花や蝶々(ちょうちょ)、野菜といった身の回りに溢(あふ)れる自然物をモチーフとしたものが多いですが、実はブガッティ・ペダルカーという車やミシュランタイヤのキャラクター「ビバンダム(別名、ミシュランマン)」など、彼が愛するものからも影響を受けているようです。オフィスにはさまざまな愛用品が置かれており、アイデアにつながるアンテナを広く張っていたようです。彼の作品は、ときがたつにつれて抽象アートやポップアートと展開していき、テキスタイルを取り入れた機能性と美しさを兼ね備えた作品を世に放っています。展示会場には、作品だけでなく、関係者のインタビュー映像や生活風景、思想を伝える映像や文章が配置されており、訪れる人々が体験を通じてコンラン氏の世界観を感じられる空間が広がっていました。

建築にもあてはまる「Plain、Simple、Useful」

コンラン氏の作品やスケッチが並ぶ空間には、当時のイギリス文化を思わせる趣がある

コンラン氏の作品にみられる共通点でもあり、彼が重要視していたのが「Plain、Simple、Useful」の3条件です。「Plain(素朴な)」は、幼少期の自然豊かな生活環境、バウハウス的理念との出会いなどを通して身に付いた思考で、自然から多くを学んでいます。素材そのものがもつ美しさを追求した姿勢が現れています。「Simple(簡単な)」は、原理原則的な、人間が感じる心地よさ、無駄のなさを表し、「Useful(使いやすさ)」で、機能や実用性を体現しています。この3本柱があるからこそ、毎日の暮らしをより豊かに心地よく暮らせる作品をつくり、現在にも影響を残し続けているのだと思います。建築において、きらびやかでランドマークとなる建物も魅力的ですが、流行よりも人々の生活に重きを置いた暮らしやすさ、使いやすさを重要視することが大切です。人々の暮らしや動線を意識するほど、デザインはシンプルになることが多く、普遍的な原理にたどり着きます。基礎があるからこそ、遊び心や個性が生きてくるのだと思うのです。心を豊かにする生活空間は、豪華さや高価さだけではなく、個々の価値観やライフスタイルによって形づくられるものだと考えます。どこに住み、何を大切にしているか、人それぞれ心に響くものは異なるからこそ「Plain、Simple、Useful」を根底に据えた考え方が重要となります。基礎があるからこそ、それぞれの豊かさで色付けができるのです。私たち鳶髙橋が大切にしている考え方にも通じる点があり、改めて刺激を受けました。

テレンス・コンランから学ぶデザインの本質と未来への示唆

コンラン氏の作業デスクを再現した空間

部屋に差し込む日光の角度や、小さなディテールに気づく一瞬。そのような何気ない瞬間こそが、私たちがこの世界と創造的に結びつく鍵であると、コンラン氏は教えてくれました。改めて言語化されると、より意識的に自然や世界からの学びに接続できるような気がしてきます。「シンプルなことには教えがある」という彼の言葉は、建築やデザインだけでなく、日常生活そのものを見つめ直す指針となります。デザインには日常を彩り、人生を豊かにする力があります。コンラン氏の「いいデザインは98%の常識と2%の美学から生まれる」という言葉は、時代を超え、新たな価値観を創造するヒントを与えてくれます。「テレンス・コンラン展」を通じて「シンプルであることの強さ」と「デザインが生活を変える力」を改めて実感しました。彼が追い求めたのは特別なものではなく、日常に根ざした美しさでした。伝統や形式にとらわれることなく、実用的で多くの人に届くデザインを生み出し続けたその姿勢は、現代の私たちにも強い示唆を与えてくれました。こうした機能性と明るい色彩を取り入れたコンラン氏のデザインは、閉塞感が漂う戦後のイギリスにおいて、人々の日常に新たな息吹をもたらし、イギリス文化の礎を築いたといえます。建築や「東京文創」もまた、そのようなポテンシャルを秘めていると改めて自分たちの活動をより広い視野で見つめ直す時間となりました。

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