2025年3月8日、国際女性デーを記念して開催された「DAOマルシェ」にて、「女性活躍によって実現するウェルビーイング」と題した講演会が開催されました。DAOマルシェは、特定のリーダーに依存せず、参加者による投票などで運営方針が決まる分散型組織のマルシェです。今年で2年目を迎えたこの取り組みに、建築・設計・不動産を手がける株式会社鳶髙橋が協賛企業として参画しました。

トークセッションには、株式会社鳶髙橋代表の髙橋慎治、社会学者の伊藤将人さん、Feminity arch WORK LOUNGE創始者でありエルズグランドケアアカデミー代表の成澤由美子さんが登壇。女性のキャリア支援やジェンダーギャップ、企業経営における「パーパス経営」の重要性が語られ、経営者、社会学者といった立場や経験が異なる3名のクロストークが展開されました。(本記事は、対談内容を一部編集のうえ構成しています)

100年企業の代表、社会学者、女性経営者によるクロストークが実現

左:伊藤さん、中央:髙橋、右:成澤さん
左:伊藤さん、中央:髙橋、右:成澤さん

フィールドの異なる登壇者が集い、知と経験を交錯させたクロストーク。その背景にある多彩なキャリアと視点につながる登壇者プロフィールをご紹介します。

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の講師・研究員として活動される社会学者の伊藤将人さんは、地域社会学や地域政策学を専門に研究し、さまざまな教育機関や企業の客員研究員を担当するほか、コメンテーターとしてのメディア出演など幅広い活動をされています。『日本地域政策学会 奨励賞』や自身が関わった複数のプロジェクトが長野県による『地域発元気づくり大賞』を受賞し、2024年には著書『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』を出版されるなど、移住定住促進政策の研究者として第一線で活躍をされています。女子大学や看護学科がある大学ではジェンダーに関する講義をおこない、信濃毎日新聞ではジェンダーに関する連載を担当するなど、少子化や人口減少対策としての女性活躍について議論を提起しているバックグラウンドからクロストークを盛り上げてくれました。

エステサロン運営や人材育成、美容商材の卸、スタートアップコンサルティングなど美容業界で多様な実務経験を積んだ成澤由美子さんは、2015年に予防的美容を学ぶ場として株式会社エルズグランドケアアカデミーを設立。直営サロンとスクールの運営を通じて、美容とケアの融合を図ってきました。2019年には台風被災地でマッサージやスキンケアをおこなうボランティア団体を立ち上げ、300人以上の被災者を支援。その後もセラピストによる災害時ケアの体制づくりに尽力してきました。2021年以降はフェムテック事業に注力し、ケアサロンへの導入支援やフランチャイズ展開を推進、長野県内において初のフェムテック専門店を開設し、現在は40店舗の加盟サロンとともに「Feminity arch」の名のもと、女性のウェルビーイング向上に貢献しています。加えて、一般社団法人暮らすroom’s理事、長野県男女共同参画審議会委員としても活動し、女性支援と地域貢献の両立を図る実践者として活躍されています。

そんな豪華なメンバーに株式会社鳶髙橋代表の髙橋も加わらせていただくことになりました。株式会社鳶髙橋は、建築・設計・不動産の3本柱で事業展開をしながら「東京文創」というビジョンを基に歴史をつむぎ、新たな価値創造をおこなっています。江戸町火消のバックグラウンドを持ち、2027年には100年企業となる会社の経営を通じて学び、感じてきたことを伝えます。

経営者目線でアンコンシャス・バイアスに立ち向かう

会場からは大きなうなずきやリアクションがみられ、盛り上がるトークセッション
会場からは大きなうなずきやリアクションがみられ、盛り上がるトークセッション

髙橋:経営で大切にしている2つの視点があります。1つはウェルビーイング、そしてパーパス経営です。

1.ウェルビーイングのビーイング(Being)は、「状態」を表している言葉ですが、ドゥーイング(Doing)「行動」と混同しているケースが多々あります。言い換えると直接的にウェルビーイングを上げようとするケースが散見されています。本来は、感情やパフォーマンスが向上するマインドセット、環境整備に目を向けることで「状態」がよくなります。15分に一度「ハッピー、イエーイ」など、声を出したくなるくらいの高揚感が湧き上がるチームでいたいですよね。その状態でのアクションは変わってきます。幸福度の高い、心身ともに健康な状態がウェルビーイングにつながると考えています。

2.パーパス経営とは、大いなる目的をもって経営をする姿勢を指します。「私たちはどこに向かうか」を言語化することで、社員やステークホルダーの共通意識が高まり、一貫した意思決定やブランド価値向上の実現につながります。社員のモチベーションや定着率が向上し、持続可能な成長やイノベーションを促進するといえます。

伊藤さん:企業のトップが自ら方針を示し、アンブレラワード(umbrella word)、ブラックボックスともいわれる、抽象的な表現になりやすい「ウェルビーイング」を15分に1度の気分表現という形で具体的に示すことでわかりやすく、企業にも浸透しやすい方針を掲げるのはおもしろいアイデアですね。

「暮らすroom’s」で女性活躍に関するアンケートの紹介も
「暮らすroom’s」で女性活躍に関するアンケートの紹介も

成澤さん:髙橋さんのおっしゃる通り、パーパス経営のように代表が方針を示すのはとても大切です。アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込みや偏見)が作用して「女性だから早く帰ったほうがいいよ」、「女性が働いているなんて」、「あなたの旦那さんは理解があって偉いね」といった、女性が働くことが珍しいという前提のもと声掛けされるケースはたくさんあります。

アンコンシャス・バイアスは今までのしきたり、常識によって形成されています。その前提条件を変えるには、根気と時間を要しますが、なによりトップが変わらないといけません。私が所属する団体である「暮らすroom’s」で女性活躍に関するアンケートを実施した際に、意外と今の状況に満足しているという方が多いという結果が出ました。女性たちが活躍の幅を広げる際、活躍している方々やロールモデルを知ることが大きな一歩になると思います。

伊藤さん:企業のトップ自らがアンコンシャス・バイアスに対して具体的な改善をされている点が素晴らしいですね。お二人の会社もそうですが、新しい取り組みを進めている企業にみられる特長には「越境人材」の有無が関係していると思います。たとえば、民間に出向した人が政府機関に戻ってくるケースなど出戻り社員(アルムナイ)もその一種です。アルムナイとして組織に戻ると、さまざまな観念が組織に投入されます。まちづくりを熱心に進めている自治体にみられるのですが、眼の前の地域を思うがゆえに視点も物理的移動距離も閉ざされてしまうケースがあります。自分たちの現在地や可能性は越境学習、越境人材から学べる点が多くあるのです。

女性のウェルビーイングを上げるために企業ができること

企業の取り組みについて事例共有をする成澤さん
企業の取り組みについて事例共有をする成澤さん

成澤さん:女性のウェルビーイングを実現するための一歩として「生理休暇」という名称を使わない企業が増えています。「生理休暇」という名前が直接的で、取得申請しづらいとの声が上がっているからです。名称変更に限らず、月経前症候群(PMS)など適用範囲を拡大するケースや、男性が女性の体調変化を学ぶ研修制度が整備されている企業もあります。本人の努力に改善を委ねられない点でいえば、男性更年期(LOH症候群)といって男性にも生理的不調はあります。よりよい状態で働くための環境整備は企業においてとても重要です。

髙橋さん:会社の福利厚生はとても重要なポイントですね。少し視点は異なりますが、一緒に働いていて憧れや尊敬の念を抱くような、輝きを発している女性はウェルビーイングを体現していると思います。一方で、明るく輝いているその背中には何か重い荷物をひとりで背負っているようにみえることもありました。そういう方に出会った際、一緒にプロジェクトに参加しようと声をかけることがあります。彼女たちがチームに入ることで全体の生産性が上がり、物事が円滑に進むことが多々あります。セグメントが変わるだけで勝手に状態が爆上りする、これはまさにウェルビーイングです。男性がつくり上げた仕組み、制度上では身動きがとりづらい点は経営者として理解に努め、その上で自由に動いていいよと伝えることで本来の実力を存分に発揮できるようになると思います。女性が活躍することで日本経済が底上げされ、失われた30年をも取り戻せるインパクトがあるのではないでしょうか。ぜひ我のままで動いてほしいと切に願います。

成澤さん:髙橋さんのおっしゃる通り、介護、子育て、社会的役割など、責任や負担をひとりで抱えている女性は多くいます。これらはとてもひとりではやりきれません。いざというときに信頼できる依存先を増やして「助けて」といえる関係を構築するのがとても大切です。私もスタッフに頼っています。そういった関係値を普段からつくれるといいですね。

​女性活躍を考える際に必要なのは、視点を変えて尺度を広げること

社会学者伊藤さんの視点にてアカデミックなインプットがなされた
社会学者伊藤さんの視点にてアカデミックなインプットがなされた

伊藤さん:ここで「感情労働」という概念を紹介させていただきます。アーリー・ラッセル・ホックシールドの著書『管理される心(The Managed Heart)』によると「感情労働」は、仕事の一環として自分の感情をコントロールし、求められる感情を表現することを指します。接客業や看護、教育などで求められ、精神的負担が大きいと指摘されているのです。本来であれば感情を出さなくても仕事として成り立つことも、職場や家庭において女性を理由に「私は輝かなければならない」と思っている人もいるかもしれません。強要された輝きもまた、ジェンダーギャップといえます。

髙橋:社会にはさまざまな意見が飛び交っています。お話にあった「感情労働」もそうですが、古い慣習、あるべき論など、他人の意見を大切にしすぎると個人の疲弊を招きますし、世の中も変化しないと思います。長い人生のなかで、物事の判断軸をおおまかにいうと”やる、やらない、好き、嫌い”の組み合わせになります。本来、選択は自由なはずです。自分の考えを軸に自由に適切な選択をするためにも、自分を取り巻く環境に目を向けることは重要です。革新的技術である生成AIは人間の中央値を超えてきています。人が長時間かけてつくっていた制作物や事務的な仕事は大幅に時間短縮され、スマートフォンなどに蓄積されている膨大なデータは生き続けていきます。比例して人間がやらなくてはならないことは減っていくのですから、人間としての活動を楽しもうよと思うんです。好きな人たちと好きなことを楽しむ、そんな時代になっているのではないでしょうか。

伊藤さん:自分を取り巻く環境を理解するのはとても大切ですね。髙橋さんのおっしゃる通り、視野を広げることは課題解決に寄与すると思います。そのうえで「インターセクショナリティ(交差性)」の考え方も女性のウェルビーイングを考える上で役に立つと思います。「インターセクショナリティ」は、人種、年齢、ジェンダー、セクシュアリティ、国籍など、複数のカテゴリーが絡み合って個人の経験を形づくっているという概念です。たとえば「女性の管理職や研究者を増やそう」と議題が挙がったとして、果たして「女性」を一括りにできる素質や資質はあるのでしょうか。どうしても男女としての議論がされがちですが、自分のなかでどの属性に重きを置いているのかなど、性別だけではなく、年齢や働き方、家族構成、生まれたところなど、ものさしをクロスして交点がかさなる場所に自分があるという考えを持つことが、今後はますます大切になってくると思います。

すぐにできる意識改革で少しずつ近づく女性活躍とウェルビーイング

参加者が日頃のモヤモヤを書き示した「モヤモヤの木」を前に登壇者による記念撮影
参加者が日頃のモヤモヤを書き示した「モヤモヤの木」を前に登壇者による記念撮影

女性のウェルビーイングを向上させるためには、企業において経営者が積極的に方針を示し、越境人材の受け入れや福利厚生を整えるといった具体的な取り組みを進めることが不可欠であることが再認識できました。特に、パーパス経営の重要性や、企業文化としてアンコンシャス・バイアスを取り除く試みが、女性が活躍しやすい環境づくりに直結することが議論されました。社会学者の伊藤さんより、感情労働やインターセクショナリティ(交差性)といった概念のインプットがあったことにより「自身の不安を言語化できた」、「新しい観点で視野が広くなった」とオーディエンスの方から意見も寄せられました。女性がより自由に活躍できる環境づくりが、よりよい社会の実現につながっていきます。本イベントが、多様な人々が自らの可能性を広げるための一歩となることを願います。

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