JR東日本長野支社(長野市)から駅前広場、駅事務所や待合室などを購入し、駅前の活性化を進めている小海町。JR小海線小海駅でオペラを演奏、駅舎をコワーキングスペースとして活用するなど積極的にまちづくりを進めています。
交通を軸としたまちづくりをより推進するため、2025年1月28日から2日間にかけて、交通事情に詳しい清水宏之さん監修のもと、小海町を舞台にMaaS(Mobility as a Service)アイデアソン(※)が開催されました。今回のイベントでは、自治体関係者、協定企業、地域住民、地元事業者の皆さんが集まり、参加者全員の集合知を得て持続可能な交通施策を考えました。
※アイデアソン:特定のテーマや課題に対して、グループでアイデアを出し合い、競うワークショップ形式のイベント。アイデア(Idea)とマラソン(Marathon)を組み合わせた造語。
知っておきたい地域の交通課題
舞台となった小海町は、南佐久地域の中央に位置するまちです。訪れる度に気づきと癒やしを与えてくれる、ありのままの自然を満喫できる体験と、豊かな暮らしを楽しめる小海町。そんな地域の魅力をひとりでも多くの方に知ってもらい、地元住民の皆さんがよりよい生活を送るためにも公共交通の課題に向き合う必要があります。特に、高齢者や観光客の移動手段、地域住民の移動手段が重要なテーマとなっています。
都市と地域の交通手段
活発なアイデアを出し合うために、日本における交通課題や地域の取り組みについて情報が共有されました。鉄道会社にて基幹システムの開発、マネジメントをご経験され、現在はMaaSを活用した事業を展開されている清水宏之さんによると、地方観光と交通の現状は新型コロナウイルスまん延拡大前後で大きく変化しているそうです。
地方部と三大都市圏の観光動向を比較すると、新型コロナウイルスまん延拡大における水際措置の緩和以降、外国人延べ宿泊者数の推移は増加しているものの、三大都市圏への偏在傾向にあります。コロナ前の三大都市滞在が6割ほどだったのに対し、コロナ後7割が都心に集まるといった格差は広がりつつあります。同時に、三大都市圏を中心に電動バイクやカーシェア、シェアサイクルといった移動手段は多様化していますが、人口の少ない地域では選択肢が限られている現状です。人口減少、少子高齢化、民間交通事業の衰退(路線廃止、減便)、交通の担い手不足といった深刻な課題が背景にあります。
交通規制に則った、地域ならではの施策
交通改革は法令や規制が厳しく設けられており、改革のハードルが高いといわれていますが、道路運送法の法改正や規制緩和により、「公共ライドシェア」や「日本版ライドシェア」などの施策が広がりをみせはじめています。
「公共ライドシェア」とは、市町村やNPO法人が自家用車を活用し、交通空白地(一定の距離に交通手段がない地域)や福祉有償運送を支援する取り組みです。2024年3月に創設された「日本版ライドシェア」は、タクシー事業者の管理下でタクシー不足の地域・時間帯に一般ドライバーを活用しています。こうした方策をはじめとして、より効率的な移動が可能になっており、各地域の交通課題解決の足掛かりになっています。
さらに注目を集めているのが、シャトルバスを活用した観光巡回をはじめとする無償輸送です。施設利用者の無償送迎において、ツアーガイドやお土産屋、観光スポットへの送迎が可能になったことで交通手段に選択肢が増えたといえます。新潟県湯沢町ではMaaSチケットを宿泊者に配布、地域内の交通を乗り合いにしている実例もあります。
二地域居住の推進
地方へ人の流れを生む方策として、生活拠点を複数もつ二地域居住にも注目が集まっています。二地域居住希望者が土地を選定する理由には人的関係性、地域の魅力、生活のしやすさ、地域における役割に加えて「交通手段」が大きい要素を占めています。異なる交通手段(電車・バス・タクシー・シェアリングなど)をデジタル技術で統合し、シームレスな移動を提供するMaaSの発展により、地域内での移動をひとつのサービスとして統合する動きが進んでいるのです。内閣府も防災、エネルギー、モビリティ、健康・医療など、日本が直面する重要課題を対象とする「戦略的イノベーション創造プログラム」を発表するなど、国の支援も拡大していることから、今後もさらなる施策の展開が期待できそうです。
ワークショップとアイデア創出
日々交通課題に向き合う清水さんからのインプットを得て、さっそくチームに分かれて2日間、6時間ほどにわたる議論を交わします。
生の声からみえるリアルな課題
お子さんがいる方々からは、電車の本数が少ないため、塾やアルバイトにいく際、早く現地へ到着し、時間をつぶさなければならないといった課題が挙げられました。帰りの終電が早いため、アルバイトで十分な収入を得ることが難しいという声もあります。
自治体職員の方によると、人口の少ない地域で導入されているモビリティサービスとして、低料金の村営・町営バスや100円タクシー乗り放題制度の認知不足という課題が共有されました。
2日間の議論を経て生まれた小海町のMaaS施策
さまざまな立場からの意見は興味深いものばかりでした。地域住民のニーズに応じたオンデマンド交通の導入、非稼働時間を活用したイベント列車、ヒッチハイク型移動支援、会員制ライドシェアなど多岐にわたるアイデアが出ました。
<発表された案>
「ガチのUber」
観光客や住民に対して、住民運転手や自治体、事業者が移動を必要としている人とマッチングして送迎をする。報酬はチップや地域通貨、タクシー券補助、産物の現物支給にすることで法規制に則った工夫をする。
「締めモビリティー」
小海町は終電が早く、頻度が少ないため、飲酒をした人、学習塾・バイトの帰りで終電を失った人向けに特別ダイヤの列車を運用するアイデア。JRと飲食店がコラボをして、学生アルバイトに活躍してもらい、夜間に使われないレールを活用して貸し切り2両列車を運行する。
「徳を積むまち」
自力で運転できない人は移動ができないため、ヒッチハイクの原理を活用したマッチングサービスが提案された。目的地側が利用代を支払うことで法的な懸念点もカバーできる。車に乗せてあげた人に「徳」ポイントを付与し、見過ごされがちな善意や優しさを可視化する。徳を積むまちとしてブランディングも期待できる。
「互助会」
ライドシェアへの不安、諦めがあることに着目し、会員制にして互助会のようなイメージで近所同士が助け合う仕組みを考案。運転手が減っているので、平日の日中はリタイアしたシニアなどによるボランティア。ワーケーションや二拠点生活者などフリーで働く人の協力を得る。
日常生活において自家用車の利用が多い現状に対して、子育てや女性の視点、高齢化や免許返納後の生活を考慮し、移動手段について自由にアイデアを出し合いました。興味深かったのは、山間部モノレールの導入、地域内回遊モビリティシステムの構築、健康を考慮した徒歩移動の推奨など、ひとりでは思いつかないような多岐にわたるアイデアが生まれたことです。
観光と住民サービスの架け橋へ
地域における移動課題は「観光」と「住民サービス」の領域に分けて考えると整理がしやすくなります。それぞれの行動を分析した上で、どのようなモビリティが実現可能かを検討し、現状と未来の展望を踏まえながら持続可能な移動手段になり得るかを考察していきました。
地方に代表される交通空白地帯には、誰もがアクセスできるデジタルツールの整備、AI技術の活用やドローンによる輸送も考えられ、世代間のデジタル格差やモビリティ・ジャスティス(移動における公平性)といった幅広い論点で議論されました。「人口の少ない地域の交通手段を考えるうえで、公共交通以外の手段も考える必要がある」という清水さんからの言葉の通り、さまざまなプレイヤーの視点により偏りが少ない課題と解決策が次々と生まれました。今回のアイデアソンを通じて、新しい公共交通の仕組みを考える上では人と人とのコミュニケーションが極めて重要だと改めて実感しました。
鳶髙橋が2022年から協定企業として参画する小海町は、産官学、地域住民を巻き込んだ自然と環境を生かしたまちづくりを実践しています。今後小海町がMaaSによって更に住みやすく、アクセスしやすい環境になることが明確にイメージできました。小海町の持続可能なモビリティの未来に向けて、今回のアイデアソンが大きな一歩となったことは間違いありません。