「CROSS-東京文創-」は、社会学(地域社会学)・政策学(地域政策学)を専門とする伊藤将人氏と株式会社鳶髙橋が「過去と未来、学問と現場の往来により多角的視点でまち・幸せを考え実践する機会を提供する」ことを目的とした、2024年5月より始動したプロジェクトです。

今回は伊藤氏と鳶髙橋代表の髙橋で東京の未来を考え、対話から新たな発想を得るために「SusHi Tech Tokyo 2024」に参加しました。「SusHi Tech」とは「Sustainable High City Tech」の略で、世界が直面する課題に立ち向かうためのテクノロジーやアイデアが集まる、持続可能な新しい価値を生み出すための東京都が主導するイベントです。

最先端のテクノロジーやアイデアを体感しながら、伊藤氏と髙橋の視点で興味深い対話がおこなわれました。現場の知見と学問が混ざり合うことで生まれる総合知を鳶髙橋のスタッフ、井口よりお届けします。

課題を解決する取り組みから生まれる、未知なる東京の暮らし

最初に訪れたのは日本科学未来館です。想像力を刺激するテクノロジーやサステナブルな取り組みなど東京の暮らしを変える発明と出会うことで、課題解決のヒントとなるお話が繰り広げられました。

次世代モビリティが変える価値観

日本科学未来館の入り口に展示されていた「空飛ぶタクシー」

会場に入ると、未来のモビリティを象徴するように「空飛ぶタクシー」(eVTOL:電動垂直離着陸機)が存在感をもって私たちの前に姿を現しました。

髙橋「第二次世界大戦中、日本の航空技術は世界でも最高水準でしたが、戦後はその技術を新幹線など平和的に活用してきましたよね。その流れがあって今の東京があるわけです。世界に目を向けると、最新の技術が攻撃手段として利用されているのは悲しい事実です。それぞれの地域に根付いているバイアス、土地に関する価値観も含めて一度取り外される必要性さえ感じます。」

伊藤氏「土地に対する価値観の話でいうと、移動手段が地に接したものから他の手段に移行することで価値観は大きく変化する可能性があります。移動手段の発達は、都市と地方といった既存の認識の枠組みに変化をもたらします。例えば、地方は相対的に都市よりも広い駐車スペースが確保できます。空飛ぶクルマなどが普及すると、広い土地を生かした新たなモビリティが地方から発展する可能性もありえるかもしれませんね。」

以前実施した伊藤氏と髙橋の対談において「地域、家にはすべて明確な境界、囲いがあると思いがちですが、我々が思っていたよりも流動性が高いものであることが研究によりわかってきた」話にも関連する、「私有」から「共有」へと変わっていく価値観を想起するお話が出てきました。

(参考:「CROSS-東京文創-」社会学×建築の融合

お祭りが果たす役割

お祭りの象徴たる櫓がアップデートされた、市原えつこ氏監修の「みらいのやぐら」

各展示をみながら、伊藤氏が「若者世代」の現状を語り始めました。

伊藤氏「今の若者(10代〜30代)は生まれて以降、日本が一度も”成長”をしてこなかった、下降線をたどっているような時代において課題や困難について考えざるを得ない状況下で生きてきました。しかし、そのような時代状況にあっても、課題や困難の捉え方が過度に単一化されたり、矮小化された物差しに当てはめられることは避けなければならず、多様な物差しを持つ必要があります。」

髙橋「課題を解決した状態を想像し、ワクワク感や幸せを感じることは生きがいとか、やりがいにつながるのではないでしょうか。」

多様な物差しを持つ重要性を語りながら歩いていくと、アーティスティックな櫓(やぐら)に出会いました。

髙橋「最先端の技術を披露する意味合いもあるSusHi Tech Tokyoの会場に櫓を展示するというアイデアは素晴らしいですね。古来から日本人の心にはお祭り、櫓の存在があるんですよね。」

伊藤氏「社会学的にみると、お祭りは地域やコミュニティの共同性やつながりを醸成するものです。その手段はキャンプファイヤーや櫓だったり、多様な人々の視点が同じ方向を向いてそれを囲み、同じ動作をすることに意味があります。共同性がみえにくい時代だからこそ、こういった展示物がヒントとして求められているのかもしれません。」

髙橋「日本人が農耕民族として農地の恵みを共有し、連帯を意識し生きていた頃は個々の主張よりも、共有の連帯意識を軸においてプロジェクトを進めていくんですよね。そうして人々はともに実りの秋を迎え、収穫を手にしてきました。そのプロセスにおいて日々の忍耐から解放される特別なハレの日にみんなのエネルギーが楽しみに向かうのは年に一度のお祭りです。現代社会においてはなかなかそんな余裕もなく収穫を祝う日がはっきりとわかる祭典に触れる機会も気薄なのも現実です。SusHi Tech Tokyoに櫓があることで江戸東京の祭礼文化は次世代の東京へ紡ぐ新たな価値を示していたと思います。

鳶髙橋は花園神社の祭事や、ハレの日を祝うイベントの実施などお祭りと深い関わりがあります。展示を通して、お祭りが生み出す共同性、そこから生まれるエネルギーが課題解決への一助となる可能性を改めて感じつつ、日本科学未来館を後にしました。

未来の東京は多様に視点が混ざりあうと目にみえる変化がおきる

伊藤氏、髙橋2人の想いが綴られた「未来ふきだし」ボード

海の森エリアに到着すると「#未来ふきだし」と題して、2050年の東京の姿を書き込むコーナーがありました。2人が思い描く未来の東京は……

髙橋 ”スロウな時間軸を感じる東京になる”

伊藤氏” 「グローバル都市」から「グローカル都市東京」としてのアイデンティティ確立へ”

興味をそそる文章を書いてくれました。それぞれ記入していただいた意図を伺います。

髙橋「幸福度が高くない状態が長く続くとウェルビーイングが欠けた生き方になってしまいます。スロウな時間を感じる時間がある状態で課題を解決していける未来ができたらいいなと思います。」

伊藤氏「これまで東京は世界都市やグローバル都市といわれてきました。最近ではそんな東京の価値が再認識されてきています。グローバル都市でありながらひとつの地域としてのローカル都市でもある、それが両立した特殊性みたいなものがアイデンティティとして確立されていくとおもしろいのかなと思っています。」

海風を受けて回転する垂直軸型風力発電機

海の森エリアでは屋外展示がおこなわれており、海沿いならではの解放感に包まれました。目の前に現れた垂直軸型風力発電を前に会話も弾みます。

髙橋「工業製品はメカ好きには刺さるかもしれないけれど、人によっては威圧感を感じたりしますよね。ただ便利になればいいわけではないと思います。どこをゴールにするかを考えながら多様な価値観をもって取り組んでいく必要があります。」

伊藤氏「それには全体の計画を調整しながらコーディネートできるプランナーやディレクターのような存在が必要ですよね。その際には歴史や文化、ジェンダーや倫理、見せ方や見られ方といった領域の知識も今後は求められます。そう考えると、工業製品はより一層、人文社会科学的な視点や建築学的な知見が必要だと思います。」

髙橋「工業製品にそれぞれの立場から関わっていく世界観はまさにインクルーシブで、それを取りまとめるリーダーのような存在が出てくるとより良い世界になるかもしれません。多様な価値観をもつ人々が関わると、工業製品と文化が融合し新たな見せ方がうまれますよね。」

伊藤氏「”ポップカルチャー”や”サブカルチャー”との共創はまさに東京的ですよね。未来に対しての可能性を感じます。」

多様な価値観をもつ人々が集まることで新しい文化や価値観の創造が生まれ、日本や東京をつくっていく、そんな可能性に想いを馳せながら次のエリアに向かいます。

廃材アートの文創的価値観

廃材が生まれ変わり、新たな姿をみせる

シンボルプロムナード公園では廃材アートに出会いました。一見関連性が低そうに思えるものがアートになるようすはまさに前述した「多様な価値観の融合」そのもの。新たな価値観を生む象徴にも感じました。

髙橋「廃材にフォーカスしたサスティナビリティな視点は、高度経済成長期では、ほとんど語られてこなかったんですよね。建築の現場においては膨大なマテリアルを集めるため、建材ロスが起きてしまいます。建材を商社から購入したり、廃材を回収業者に引き取ってもらう際にも経済は生まれているけれども、SDGsの文脈ではやはり持続可能とはいえません。」

伊藤氏「SDGs推進における理念と経済活動とのギャップをテクノロジーで解決することもSusHi Tech Tokyoが掲げるコンセプトのひとつだと思うのですが、人文社会科学的なアプローチでも解決に寄与できないかなと感じています。人と人のコミュニケーションや現場のやり取りを超える方法があるかもしれない、ここにある廃材アートを例にとれば、展示が終わった後はそのまま廃材になってしまうのか、それとも人の思考を刺激するような、新たなコミュニケーションの材料にするのかといったこともひとつの実践として考えられると思います。」

髙橋「建築領域でも、廃材について意識変化がみられると感じます。私たちもそうですが、企業カルチャーとしてサーキュラー建築を実施した設計や、デザインに移行していく流れがあります。現場でも、廃材になりそうなものを別の用途で使用できないか考えながら建築をおこなっています。古い建物を解体する際にも歴史や文化が息づいている木材を確保し、老舗旅館などリフォームの際にストーリーを語りながら提案するケースもあります。」

古いものに宿る歴史や文化が新たな価値を生み出すのは、物質の再利用だけでなく人の想いを継承していく決意を感じます。

デジタルと文化、人間の融合

今回最後となる会場、有明アリーナでは未来を生きる子どもたちの初期衝動を起こすような圧倒される仕掛けや、現場仕事に変革をもたらす技術を目にしました。

人が紡いできた江戸東京の祭礼文化を未来に継がせる、新時代の山車

伝統と未来が融合した新時代の山車、「ツナグルマ」

有明アリーナでひと際目を引いたのが「ツナグルマ」と称される山車をアップデートしたモビリティです。「伝統×未来のコラボレーション」をテーマに、檜原産の杉を活用し環境負荷を配慮した車体は少人数で引けるEVアシストを導入。人口減少によりお祭りの維持が難しくなっている時代でも伝統を残しながら継続ができる工夫がこらされています。伝統と未来の融合した「ツナグルマ」を前に、以前の対談で髙橋が語った「伝統や文化とデジタルの相性の良さ」という言葉の意味を体感しました。

(参考:「CROSS-東京文創-」社会学×建築の融合

テクノロジーで現場作業、労働参加率も変革する

補助スーツを装着して身体機能の拡張を体感する髙橋

伊藤氏「これはまさに建築現場で必要なものですよね。」

身体を補助するアイテムを装着することになりました。この補助スーツは、建築現場や果実の収穫や介護現場など、身体に一定の負担がかかる作業を必要とする業種で徐々に普及してきているようです。

伊藤氏「人材不足が深刻化し労働供給制約社会を迎えつつあるなか、技術に長けているが肉体的に制限が生じてしまうベテランの職人さんなどが活躍できる後押しになりますよね。そして、それはより良い生を実現するための”仕事”への参加の機会を拡大することにもつながります。」

髙橋「そうですね、労働参加率の向上にもつながると思います。これをつけるとすごく楽ですね。誰かに支えられているような感覚があります。脱着も簡単ですし、さまざまな業界に貢献しそうです。」

最新技術で身体機能の拡張がはかれるツールを通じて、人とテクノロジーが融合する未来の姿を想像しました。どんな人でも活躍できる世界の実現は、きっとより良い未来につながりそうです。

アップデートに必要な情報収集

イベント参加を終え、未来を語り合う髙橋:写真左と伊藤氏:写真右

「SusHi Tech Tokyo 2024」のイベント参加後、鳶髙橋代表髙橋と社会学者伊藤将人さんによる対談がおこなわれました。東京の街並みを形作る重機と、その動きを映す運河を背景に社会変革の話が始まります。

伊藤氏「今回のSusHi Tech Tokyoは東京都が主体とした取り組みで、アントレプレナーを輩出したり、イノベーティブを起こしたり、ここから新しい都市のありかたを提案していると思います。そこに共感した企業が一緒にイベントをつくっていったという意味で、コロナ渦を経た現在の東京がどこを目指そうとしているのかよくわかりました。同時に、理系工学的なもので未来を描いているコンテンツが多かった一方で、人文社会科学的学問を専門としている人間としては、未来に対してどのような形で価値創造に参加できるのかを考えさせられた1日となりました。」

髙橋「工学的なマテリアルなどが一般に浸透していくためには、プロダクトデザインも重要になると思います。会場にはシンボリックな櫓がありました。古来から受け継がれてきたものが今までにないような形で表現された櫓は東京の未来を示唆しているようで心が揺さぶられました。」

伊藤氏「一般への浸透という点で考えると、我々が生きている生活世界とイベントで示された東京の未来は乖離(かいり)があると思います。それをつなぐキーワードは、髙橋さんのおっしゃるデザインや私が述べた人文社会科学的な発想になるかもしれません。東京は成熟し、開発し尽されているため、東京がより”成長”するためには今あるものを見直し、アップデートして時代に合うものをつくっていくしかないという難しさに直面していると思います。」

髙橋「今あるものを尊重しながら合意形成をとって変化をするのはとても難しいですよね。民主主義の成熟がそのプロセスを難しくしてしまう側面があると思います。東京では過去に何が起きていたかを知り、未来にどうつなげていくかを考えることが必要です。世間でいわれるような課題も、自分で情報を取りに行く必要性を感じます。」

熱狂が生まれる場づくりが次の未来を描くカギとなる

伊藤氏「未来を考える際に文化を考慮することが大事です。未来を描くアニメ作品に代表されるように、文化というのは創造性があり新たなテクノロジーを切り拓いていくものです。かつてアニメ作品で描かれた未来の価値観を、今の我々はアップデート出来ていません。過去の時代が理想化していた未来という価値観について、現在の視点から未来を描きなおすのが今こそ必要だと感じます。」

髙橋「当時そういった未来を描いた作品をみて、自分や世の中の未来に希望を持てた時代でした。こういったイベントに来ないと未来を示唆するようなものはみられなくなってしまっているのかもしれません。」

伊藤氏「平成以降の不況下で生まれ育った人たちは、顕在化している課題を解決することが求められ、そうした発想が出発点になっている世代だと思います。逆にいえば、そうした課題解決を超越した創造的な未来を描く発想が生まれにくい世代なのかもしれません。」

髙橋「課題解決だけが目的になってしまうと、心が満たされるかどうかという点は置いてけぼりになってしまいます。幸福度の高い生き方を実現することができれば、東京の底力は計り知れない創造的なインパクトを生み出すはずです。熱狂できる、希望をもてる場があるかどうかも、創造のカギになる。」

伊藤氏「そうですね。スポーツはその典型例ともいえます。本人は課題解決そのもののためにやっているのではなく、熱狂して楽しみながら成長している姿が希望を与えますよね。熱狂できる場づくりについてはどうお考えですか?」

髙橋「私が常日頃から感じているのは、まわりの人たちにも熱狂できる働き方をしてもらいたいということです。働きやすさは企業側が話しやすさや自由な働き方ができる環境をつくれます。一方働きがいは、各々の生きがいに対して没頭した状態でいるか否かで、使命感や意志があるアクションにひもづいていくと思います。

働きがいには、生きがいや使命感といった熱狂できる場が必要です。リモートでの仕事が増えた現代、東京ではオフィスの床面積を拡張している企業も増えています。先日拝見した調査ではオフィス回帰が進み、出社率は平均70.6%(参照:2023年11月17 日CBRE調査)でした。私たちのオフィスでも、アイデアが出しやすい、働きやすいという理由から会社に出社してみんなに会いたいというメンバーが多いです。そこで働く理由には、カルチャーフィットを感じるかどうかが大切な要素でもありつつ、自分のカルチャーを持っていないとフィット感さえわからない状態になるということも、熱狂できる場をつくることに関係してきます。」

伊藤氏「熱狂できる場の有無が、未来に対して希望を持つことにつながると感じます。人が集まった場では偶発性が生じたり、みんなで没頭したり共同性やつながりを強められると心理学や社会学で明らかにされています。それは現在のオンライン技術では未だ再現できないですよね。ただ、完全に自由な状態よりも、ある程度の枠組みで自分の考えややりたいことを発揮していくことこそ自由なんだろうなと考えます。それはまさに東京の価値ですよね。」

髙橋「近年では働きやすい環境は整いつつありますが、働きがいという点はフォーカスされていない気がします。没頭して夢中で働くと生産性は勝手に上がっていきます。未来の働き方では、今日紹介されていたパワースーツをはじめとするテクノロジーが人の意思も変えていくんだろうなと感じています。」

伊藤氏「そうですね、意思の話で大事になってくるのは価値だと思います。文化が転換していく時代において、価値がより問われるようになってくる。当たり前や常識が揺らぎ、価値観が変わっていくときに何を価値とするのか、そもそも価値とは何か、なぜ私たちは価値を大切にするのか考えさせられます。

今日のSusHi Tech Tokyoで紹介されたような技術をどう評価するか、逆に何を重要視しないのかを考えなければならないのではないかと思っています。価値を確立する延長線上に未来がある気がしますし、CROSS-東京文創-で総合知をもって考えていけたらいいのかなと思います。」

髙橋「そうですね。バイアスが私たちの1番の大敵で、バイアスを外してバリューをみつめなおす。当たり前を壊す変革は小さくてもいい、それがまちづくりにもつながります。」

技術革新と社会実装を示唆を与える展示物と、人文学と建築を専門とする2人の話から「新たな東京の未来像」を垣間みることができました。多様な視点の共鳴が織り成す、新しい東京のビジョンを生み出す場づくり、価値創造としてCROSS-東京文創-のスタートを切りました。

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